「フットボーラーとして素晴らしい23年間だった。
今、僕は引退することを決めた。
14歳の時、僕は最高で最大の決断を下したんだ。
チェルシーとサインを交わした。このクラブの人達が、
僕にとってどういった存在であったのか、言葉ではとても言い表せえない。
ファンの皆についてなんて、特にね。
ファンの皆はピッチの内外で僕をサポートしてくれたし、
たくさんの素晴らしい思い出を共有する事も出来た。
彼らなしでは何も成し得なかったはずだ。君たちは、世界最高のサポーターなんだ。
素晴らしいチームメイト、コーチ、監督、そしてスタッフにも感謝したい。
仕事を共にできたことは光栄に思っているし、彼らがいたからこそ、
僕らは愛するクラブで717試合も出場することができたんだと思う。
そこでキャプテンを務められたことも、僕にとって特別な事だった。
僕のフットボール人生とこの心はいつもチェルシーと友にある。
1999年にローン移籍したノッティンガム・フォレストにも感謝しているし、
ここで僕は選手として成長する事が出来た。
そしてもちろん、アストン・ヴィラにも感謝しないとね。
このようなビッグクラブでキャプテンを務めさせてくれたのだから。
かけがえのない経験だ。
これから人生を次の章へ進めらること、そして次の挑戦を楽しみにしているよ。」
John Terry
自身のInstagramで10月7日、ジョン・テリーは現役引退を発表した。
チェルシーで過ごした時間は21年。
獲得タイトル数15。プレミアリーグ優勝5回。
FAカップ優勝5回、そして2011-2012 CL優勝、2012-2013 EL優勝….。
2000年代に入ってから、チェルシー栄光の日々は彼と共にあった。
誰よりも熱く、誰よりも厳しく、誰よりもチームの為体を張ったレジェンドが、
スパイクを脱ぐ決断をしたことは残念で仕方がない。
決して何でもできる選手ではなかったかもしれない。
しかし彼の持ち前の闘争心は何物にも代えがたく、
ジョン・テリーという存在の大きさは欠場するたびに思い知った。
外国籍選手が多いチェルシーにおける「地元出身のバンディエラ」として
彼が担った役割は決して簡単なものではなかったであろうし、
チームが苦しい状況では矢面に立って批判をその身に受け止めることが求められた。
同胞ランパード、そしてドログバという盟友を得たからこそ
その責務を全うできたのかもしれないが、彼がどれだけ心身をクラブを捧げたのか、疑問の余地はない。
モウリーニョが2度目のチェルシー監督就任をした時、
彼は会見で「ジョン・テリーは最高のDFだ。今だってそうだ。」と発言し、
身体的な衰えが指摘されていたジョン・テリーに信頼を示した。
メディアの反応は様々だったが、最早テリーは「終わった選手」との声が強かった。
年齢からくる衰えは精神的強さだけでは抑えられないのだ、と。
しかし彼は期待する監督の言葉通り、最高のパフォーマンスを以てリーグを制した。
愛するクラブとサポーター、そして心の師の為に自身の限界に挑んだ。
闘将の姿をスタンフォード・ブリッジで最後に目にしてからはや2年近くが経過する。
しかし今でも、テリーの薫陶を受けた多くの選手が未だチェルシーのエンブレムを胸に戦っている。
テリーはチェルシーに非常に多くのタイトルをもたらしたが、
彼がクラブを去って以降も、彼はチームに大きな影響を及ぼしている。
今後彼が監督としてのキャリアを歩むのか、
それともクラブの幹部としてフロント入りを選択するのはわからない。
(ドログバは彼に監督としての素養を見出しているそうだが)
どんな選択をしたとしても、それが彼にとってベストであることを祈るばかりだ。
いつの日かスタンフォード・ブリッジのピッチサイドで、
チェルシーのエンブレムを胸にチームを指揮する彼の姿が観たい。
そう願うサポーターは、決して少なくないはずだ。
そしてその可能性だってそう低くはないはずだ。
彼の心にはいつだってチェルシーがあるのだから。
Matthew |